光への階段 -May issue-

光への階段 -May issue-

 

こんにちは。tonoです。
3月、4月と日本へ一時帰国して来ました。その時訪れた『アクアマリンふくしま』で、私は「命」について考えました。

その時のブログはこちら⬇⬇⬇
https://s.ameblo.jp/tono445/entry-12365364378.html
宜しければ覗いてね!

 

「命」を考える時「生」と「死」は切っても切れないキーワードだと思います。

先月のコラムで書きましたが、tonoはいわゆる「できちゃった婚」です。

前回の記事はこちら

もしかして赤ちゃんができたかもと気がついて婦人科へ行った時、長女(以下おそ松さん)は4週目に入っていて、小さな卵の中で心臓が一生懸命動いていたのを今でもハッキリと覚えています。

主人(以下カズノコさん)に、赤ちゃんができていた事を伝えた所、ずっと結婚してと言ってはいたものの、流石にドキッとしたそうです。
そして「僕はハッピー!でもtonoは良いの?」と聞かれたのを覚えています。
病院の先生にも「このまま妊娠を続けるで良いの?やめるなら早い方が良いよ!」

でもこの時、堕ろすなんて事は頭の片隅にも思い浮かびませんでした。
逆に自分の中の違う命の存在を見たあの時、この子は私が守らなきゃって、そう思いました。

何故なら私は6歳頃から、聖書の勉強をしていました。両親がクリスチャンという訳でもないのですが、色々訳あって続けていました。なので私は今でも神様の存在を信じていますし、中絶や離婚も余程の理由が無いと出来ないと考えています。

丁度先月、友人と堕ろすという選択もあったよねという話をしたばかりなのですが、妊娠が分かった時も、今もですけれど、「命」を思うと、私には「死」という選択はできません。

 

でも「生」を選んだ事で、突然訪れた妊娠。
私の人生が180度変わった瞬間であったのは間違いないと思います。

両親に結婚すると告げた時の嬉しそうな顔が、妊娠を告げた瞬間、エッ⁉という表情に一変し、おめでとうと言ってもらえなかった事(この時は驚いていましたが、その後はちゃんと祝福してくれました)。

土日も仕事をしていた私は、結婚しても仕事を続けたいと申し出ましたが、子供ができると続けて行くのは難しいと言われ、やめる事になった事(育児休暇もまだ珍しい頃だったからね。。。)

35歳までは結婚しない!仕事をする!と断言していた私に、多分期待を寄せていてくれていたのでしょう。支社長に送別会で「お前がそんな奴(できちゃった婚)だとは思わなかった!」と、半分怒りや恨みにも取れる言い方の言葉をもらった事。

大学時代の友人が、私の結婚のお祝いに集まってくれた時、「お腹の中に、もう赤ちゃんがいるんだ!」と笑顔で伝えたらば、一年前に結婚した友人が「そんな事、まだ子供ができない私の前で言わないでよ‼」と、私を責めるように言った事。(流石にこの時は場が凍りつきました。その後彼女は二人の子供に恵まれています。)

そんなこんなで、お腹の子は誰にも祝福されてないんじゃないかと、感じてしまった私。初めての妊娠で情緒も不安定だったのかもしれませんが、毎日泣いていました。
お腹の子に、誰からも祝福されずにごめんね。ごめんね。って。。。

 

そうか。私この頃から、子供にごめんね。って思ってたんですね。

 

カズノコさんに、お金も時間もないから結婚式は家族だけでと言われて、友達を呼べず、婚約指輪もなし。私は土日仕事なので、式の打ち合わせにも全く行けず、イメージだけを伝えて当日という感じで、何もかもがものすごい勢いで流れていました。

初めて義父母に会った時、義母は東京より西に生まれて初めて出てきた事を知り、特に福島から出たいとは思わない人と知りました。義父は厳しい人で、一度も子供達を遊びに連れて行ってくれた事がないと知りました。

正反対に、世界中を旅行し社交的な母と、小さい頃は毎週の様に公園、動物園、山へと遊びに連れて行ってくれた優しい父。

こんなに生まれ育った環境が違って大丈夫なんだろうか。。。不安が過ぎります。
私はカズノコさんの事を、知らなさすぎてる、、、

 

しかし、もう全ては進み出してました。
結婚して初めて家を出た私は、それなりに頑張ってました。カズノコさんも結婚、引っ越しなど頑張ってました。

でも、社宅で一緒に住みだして2日目から、様子がおかしくなります。カズノコさんが、家に帰って来てご飯を一緒に食べたのは1日目だけ。

仕事が大変だった、トラブルもあったらしいのですが、帰ってこなかったり、夜遅くに帰って来ても、作ったご飯を食べなかったり。後でこの頃のカズノコさんは、多分鬱気味だった事を知るのですが。。。

私も知らない土地で友達もなく、退職して話す人もなく、カズノコさんは帰って来ず、そしてお腹だけは日に日に大きくなる、色んな不安が募る。

それでも夜中に帰って来る時は起きて、迎え入れてましたけれど、疲れた寝ると言う感じで、大した会話もなく。そのうち帰る、帰らないの連絡もなくなって、朝起きた時初めて帰って来なかった事を知る感じになってました。

又、私は毎日泣いていました。

何でこんな事になってしまったのか。
お腹の子が出来なければ、こんな事にならなかったのに。
堕ろすつもりはありません。でも、お腹の子を恨めしく思ったのは事実。

おそ松さんごめんね。

 

ある日、二人で私の実家を訪れた時、一人ぼっちの社宅に帰りたくないと思って「もう少し実家にいさせて欲しい」とカズノコさんに頼みました。
案の定、話し合うとか、話を聞く事もなく、ダメだ、帰るよ‼と、玄関で腕を引っ張られ、私は泣きながら嫌がりました。
が、両親にも、まぁまぁ今日は帰りなさいと促され、又一人ぼっちの社宅へ。

社宅でも精神的に参っていた私は、出産前早目に実家へ行かせて欲しいと頼みました。この時私も興奮して泣きじゃくっていたので、内容は覚えていませんが、なんかカズノコさんも興奮して叫んでいました。

後に知った事実。カズノコさんの妹さんは、出産で実家に帰った後、自宅に帰らず離婚した為(理由は男性側の身勝手な行動からで、妹さんとても可哀想だったのですが)それを恐れて私を実家に帰さなかったのかもしれません。

 

毎日がぐちゃぐちゃな感じでした。
ドラマによくある様な楽しい新婚生活?生まれてくる赤ちゃんを心待ちにする夫婦?そんなもの私には全くありませんでした。

そして後に、私はカズノコさんからこの頃の事を、この様に言われます。

「俺が鬱になりかけて大変だった頃に、お前は何もしなかった!労わることさえしなかった!」

 

初めて家を出て、知らない土地で、初めての妊娠で、主人は帰って来ず、マタニティブルーな日々の中でも、一通りの家事はちゃんとしてました。
でも私が実家へ行く事を嫌がり、又出産で実家にいたわずかな時の事を、俺は行かせてやった!と、大きな顔で言い放ち、更にあの時何もしなかった!と責められる。

あなたも私の事を何もしてくれなかっただろう!と思う私は間違っているのでしょうか。。。??

あの人の言葉

あなたとカズノコさんは合わない

この言葉が、私の心の中に根をおろし、少しづつ、でもしっかりと、根を張り出しました。

 

■infometion

tono

バンコク普通の駐妻 三年目
ブロガー  https://ameblo.jp/tono445/
ハードボディー持ち

By | 2018-05-02T17:02:17+00:00 5月 2nd, 2018|人気連載|0 Comments

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管理人ですよ。

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